2009年10月31日

アート・松重輝夫の眼


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ー 老 婆 ー

10月25日朝日新聞。 38頁。 「老将終幕」 と大きな活字。 「74歳の老将のもとへ、楽天と日本ハムの選手たちが集まり、胴上げが始まった。その体が5度、宙に舞う。」 老将とは楽天・野村監督の事。 「ええ! 野村監督が老将か」 私はハッとした。 「勇将」が不似合いなら「知将」と呼んでほしい。 老将はない。 それは私がもうすぐ73歳。一つ違だから。長嶋も含めて、同世代の思いがあった。 私はまだまだこれから「木目」の作品に挑戦し続けねばならない。まだ、始まったばかりである。にも関わらず「終幕」とは。真実は真実として、ひしひしと歩み寄って来ているのかもしれない。
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2009年10月30日

アート・松重輝夫の眼


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ー 手 か せ 足 か せ ー

アート。どうも甘い。アート。それの持つ感じ自体、遊びの感覚が強い。毎日ここに掲載している私の作品はやはりタイトル通りアート。私の持つ作品としての感覚と大分違う。自分が創っておきながら、自分の意思とは違うものが出来てしまっている。平素はそれでいいのだけれど、月に何点かは心引き締めて外部で戦える作品を創っておかないと、いざ、という時に間に合わない。先日から私は慌てている。今日は天気もよし。鎌倉へ。
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2009年10月29日

アート・松重輝夫の眼


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ー た ど り 着 く ー

40年も読み続けた毎日新聞を、朝日に変えてそろそろ1年になります。美術展の招待券をサービスするという殺し文句に、私の心がゆらいだのです。お陰で阿修羅展を見ることが出来ました。でも、不思議に新聞は読まなくなっていました。先日来「天声人語」に惹かれるようになり、読みはじめました。一週間ばかり前、読者投稿欄に、”投函する前に落とした手紙が相手に届いた”というお礼の記事が載っていました。こころ温まる思いをしていたところ、26日の天声人語にも取り上げられていました。「人は信じるに足る存在である」。 もし、私がその手紙を拾うていたら。当然投函します。もし、切手が貼ってなかったら。沢山保管している記念切手の中から、相手の名前にふさわしい絵柄を選んで貼って投函するでしょう。もし、差出人が「千恵子」のような美しい名前で、流麗な文字で書かれていたとしたら。 今、読書週間。一片の文章が人を詩人にしてくれます。
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2009年10月28日

アート・松重輝夫の目


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ー 悩 み は 尽 き ず ー

楽しみながら作品を創っているのはそれでいい。だけれど、いざコンテストに出そうと、プリントしてみると、どれもこれも力不足。単に何に見えるだけではなく、何百年のうちに刻まれた年輪の歴史、そこに生きた人間の喜怒哀楽がにじみ出ないと「作品」にはならない。どうすればいいのか。言うまでもない。古寺の山門に向き合って、光の射し具合を考え、何度も通って、決定的瞬間を捉えてこそ本物の木目の作品になる。見渡せば鎌倉。 それは無理。 それは出来ない。 「出来ないのではなく、しないのだ」 と先人は言う。
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2009年10月27日

アート・松重輝夫の眼


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ー 瑞 鳥 ー

瑞鳥。めでたいことが起こる前兆とされる鳥。鳳凰。鳳凰は中国伝説の鳥。鹿、蛇、亀、燕、などが組み合わさって出来ているといいます。嘴のみが鶏だそうです。「酉」というには少し無理がありそうです。そもそもこの木目、まるで古い絵のように見えます。板に描かれた、めでたい絵画の色が剥落したようです。でも節目を含めた木目なのです。
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2009年10月26日

アート・松重輝夫の眼


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ー ポ ス ー

ポスというのは昔、我が家で飼っていた愛犬の名前です。村の方から貰ってきた柴犬系の雑種です。茶色で小柄の賢い犬でした。周辺は田んぼと河原ですから、首輪は付けていましたが、ほとんど繋がれることなく遊び回っていました。それでも、食事の時など「ポース」と大きな声を出すとすぐ、走って帰ってきました。私がまだ中学生の頃でしたが、河原で駆けっこなどして遊んだ記憶があります。就職で家を離れ、転勤で東京へ移り久しぶりに実家へ帰ると、「ポス死だよ。老衰。長生きしてくれた」母の言葉でした。
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2009年10月25日

アート・松重輝夫の眼 アート・松重輝夫の眼


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ー 枯 れ て な お ー

10月11日に掲載したと同じ、鎌倉・建長寺の蓮。「青菱紅蓮」。葉はすでに枯れ、茎もヤセ細っています。それでも、しっかりと大きな葉を支えています。吹く風にも耐えています。建長寺は若き禅僧を育てる修行道場。全身焦げ茶色に染めて、すっくと立つその姿。厳しい修行の日々の中に培われる純粋。折からの秋日に美しく輝いていました。
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2009年10月24日

アート・松重輝夫の眼


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ー 兄 弟 ー

これはねずみです。子(ね)です。丑(うし)も出ました。寅は先日終わりました。卯(うさぎ)はまだです。辰はいません。巳はまだです。午(うま)、似たのがありました。羊は難しそうです。申(さる)も済みました。酉(とり)は出てきそうです。戌(いぬ)はありそうです。亥(いのしし)はどうでしょう。思いがけずねずみが出てきたので、十二支揃うかなと確認してみました。かなり難しそうです。そういう楽しみも含めながら作画に努めます。
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2009年10月23日

アート・松重輝夫の眼


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ー イ ケ メ ン ー

授かりものは有り難いけれど、どうも訳が分からない。などと自分の作品をぼやいていましたら、嬉しいメールを頂きました。 ”「泣き笑い」は寅(トラ)に見えます。「動物好き」は子供を抱いた申(サル)に見えます。見る者の感性によっていろいろに見えるのが楽しいです。明日は酉(トリ)かな。楽しみです” そこで、今日は「イケメン」の登場です。
イケメン。 余裕の出来たご婦人間での楽しみの一つでしょうか。 最近流行っているようです。 私のブログ毎日の訪問者200名ばかりのうち、さて、どれくらいイケメン・フアンがいらっしゃるのでしょう。思い当たるあたりを指折り数えてみました。 Mさん3人。 Hさん、 Kさん、 Yさん、・・・。 当然の事ながら、私と同年輩か10歳くらい若い程度。もはや、男性など無関係の雰囲気ばかりです。 しかしながら、女房が時々言います。「習いに行っている絵の先生は若くてカッコイイ」 人は見掛けによらぬもののようです。

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2009年10月22日

アート・松重輝夫の眼


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ー 動 物 好 き ー

自分で創る楽しさ。天から授かる有り難さ。自然を愛する写真家は毎日山野に入って自然と接していると思いがけない現象に出会えるという。これはその人の努力の賜物であり、天からの授かりものだと実感するという。私もそう思う。自分が主役で自分の思いを羅漢さんに託して創り続けた私が自分を隠し、被写体を主として作品を創り始めて半年。何と頼りないことよ。この頼りない努力こそが創作の本筋だと思うのだけれど、10枚を超える作品を手掛けてやっと一枚。それも自分なりに納得がいかない。何故これが出来たのか。自分のひたすらな思いとどう関わりがあるのか。「動物好き」苦しい題名。
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2009年10月21日

アアアート・松重輝夫の眼


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ー 泣 き 笑 い ー

笑っているように見えます。ふとしたはずみに、泣いているようにも見えます。鎌倉のお寺で撮ってきた何百枚もの木目の中から、毎日十枚以上作品を創ろうと取り出します。何が出来るか分かりません。出来るか出来ないかも分かりません。昨日は昼間19枚、夜になって15枚取り出しましたが、これというのは出来ませんでした。夜10時も過ぎてから、やっと形になったのがこれ、「泣き笑い」です。それが良いとも、悪いとも、勝手なことは言えません。天が私に授けて下さったのです。 一昨夜は「樹齢360年」でした。
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2009年10月20日

アート・松重輝夫の眼


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ー 樹 齢 3 6 0 年 ー

鎌倉・建長寺山門の柱。建長寺は創建1253年。現代までの歳月約750年。関東大震災で山門は壊れ再建。そういう歴史のある山門の柱。その柱の年輪。ただの年輪ではない。山にあって何百年。柱になって既に100年。時代の変遷を見続けた年輪はその一刻一刻を刻んでエネルギーに満ちている。 私はそれを「樹齢360年」と題する。
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2009年10月19日

アート・松重輝夫の眼


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ー 弱 肉 強 食 ー

弱肉強食というのは、動物の世界であって、人間界での話ではないと思っていました。人間には、慈悲、慈愛。弱いものを助け、弱いものをいたわる本能があるからです。しかし、必ずしもそうではない様です。それは話として、聞いたり、読んだりしたことであって、身近にそれを実感したことはありませんでした。でも最近はそんなことがすぐ近くに迫って来ているような気がします。人を信じていると、何が起こるかわからない。私には信じがたい世相です。 これは京都・青蓮院門跡、廊下の床板の木目です。青蓮院には邪悪を払い、願いを叶える国宝「不動明王二童子画像」が御開帳されていました。
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2009年10月18日

アート・松重輝夫の眼


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ー 朝 も や に 咲 く ー

北山杉の山裾。朝もやの中を歩いていると、濃い緑の葉にピンクの花らしき。ねむの木かなと思う。葉の形も大分違う。漆かなと思う。黄色く稔った田圃の中に一本。朝もやに抱かれて柔らかく美しい。「漆」は「麗し」「潤む」が語源ではないかと言われています。樹液を取って漆器に塗るのだけれど、樹液を取った場所、天候、漆掻き職人の腕前によって漆の性質が変わるそうです。それを塗り師は漆の性質を読んで適材適所に塗るそうです。漆を採取された木は枯れるので、秋には伐採して新芽を育てるのだそうです。
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2009年10月17日

アート・松重輝夫の眼


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ー あ さ も や ー

14日は6時前に起きました。カメラを持って外へ出ました。予想通りの朝もやです。
 北山杉の山々。黄色く実った稲穂。私にとって珍しい山里の道を分からぬままに、ぶらりと歩き始めました。もやにけぶる北山杉を撮り、先のかすむ道路を撮り、ネムノキのような美しい木を撮り、次々現れるおぼろの風景に誘われながら、気がつくと一時間も歩いていました。帰らなくちゃ。来た道を戻っていると、山の端に太陽が顔を出してきました。ぼんやりとおぼろげな太陽です。歩くほどに太陽が山から離れて行きます。おぼろな被写体はピンとが合いにくいです。何枚も何枚もコンパクトデジカメ大活躍です。

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2009年10月16日

アート・松重輝夫の眼


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ー 京 都 ・ 北 山 杉 ー

 「にいさん、今夜うちに泊ってください」 妹がいう。 「家も建て替えて少しは広くなりました」 「ありがとうございます」 京都市街の西北20Km。北山杉で有名な中川。川端康成の小説、「古都」の舞台とも聞く。さらにつづらな周山街道を北上して、京北町。
 13日朝。やわらかい光に誘われて、7時過ぎ外へ出てみる。辺りがもやに包まれて、周囲の山々がぼんやりとして水墨画。 私はカメラを取りにもどる。  と、妹の婿さんが 「にいさん、峠へ登ると雲海が見えるかもしれません。すぐ行きましょう」 朝食もせず、女房と三人車に乗る。 車の外に北山杉。朝日に当たって美しい。 東山魁夷の北山杉の風景画が次々と現れる。このような景色を見ることが出来るとは。ありがたい事。峠に着いたときは朝からのもやも晴れて、わずか山裾に、もやのなびく山里がありました。

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2009年10月15日

アート・松重輝夫の眼


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ー 青 蓮 院 門 跡 ・ 庭 園 ・ ラ イ ト ア ッ プ ー

急用で京都へ行っていました。13日夕方、所用は終わりました。京都新聞で青蓮院門跡ライトアップを写真入りで知り、行ってみたくなりました。妹夫婦の案内で栗田御所とも呼ばれる格調高い池泉・回遊式庭園、境内全域のライトアップ。青、赤、モノクロと色が変わり、浮かんでは消えます。苔庭の海に点滅する星。まさに、幽玄の世界でした。
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2009年10月11日

アート・松重輝夫の眼


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ー 建 長 寺 の 蓮 ー

建長寺には大きな甕に蓮が植えてあります。「青菱紅蓮」「蜀紅蓮」など、いかめしい名前の蓮です。10月4日のことですから、大きな葉も茶色く枯れて、水面に浸かっていました。それでも水を弾いて、水玉が出来、秋の日差しに輝いていました。  また、来年の力を蓄えて、堂々たる蓮の終わりです。 
急用が出来ました。明日から数日休みます。はっきりした日にちは不明です。

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2009年10月10日

アート・松重輝夫の眼


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ー オ ア シ ス ー

自然の中に自分自身を溶け込ませることによって、自然の計り知れない大きな力を知ることができる。その大きなものこそが自然の命であり、自然の命を得てこそ、本当の絵が描ける。無名の画家・犬塚勉は何もない自然をモチーフに、限りなくみなぎる自然の命を描き続けた。「水が描けない、もう一度水を見てくる」と言い残して、谷川岳で遭難。自然に溶ける。38歳。まさに、絵に命をかけた画家。「木目」に命をかける。それほどの心構えが無くして、本当の木目も描けまい。そんな気がしてくる。今日は鎌倉・光明寺。
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2009年10月09日

アート・松重輝夫の眼


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ー う れ い ー

うまですか。うしですか。いぬですか。いいえ。うれいです。悲しい事があったのでしょうか。心配な事があるのでしょうか。災いに遭ったのでしょうか。患っているのでしょうか。眼のあたりに漂う、虚ろな空気。 ただ、それだけなのです。 憂いです。 愁いです。
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2009年10月08日

アート・松重輝夫の眼


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ー 日 が 沈 む ー

昨夜割に早く、11時前に寝た所為か今朝4時過ぎに眼が覚める。トイレに立つと、ざわざわ外が騒がしい。窓を開けてみる。街灯に照らされた雨が真っ白に輝き、道路は水が流れてる。台風18号。集中豪雨。 と、玄関でがさがさと音。この大雨の中、新聞は配達されているのだ。身体は濡れる。新聞は濡れる。重い新聞を抱えて。頑強な青年か。まだ幼顔の残る少年か。まさか、おばさん配達婦ではあるまい。私はその顔を知らない。ただひたすらに、仕事としての責任と使命感。暑い日も寒い日も雪の日も、まだ夜の明けぬ暗がりの中。 私は建長寺で木目の写真を撮って、アートを創ろうとしている。うまくいかなければ修行が足りぬと言っている。新聞配達に比べれば、まるで自分勝手な遊び。でも、今朝もまた。一日も欠かさずアートをお送りしようとしている。責任感、使命感は新聞配達の方々に通じるかと。目覚め切れないうつつの中に幽かに浮かぶ。
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2009年10月07日

アート・松重輝夫の眼


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ー 荒 野 を 駆 け る ー

まるで、漆で塗りあげられた彫り物の一部を、写真に撮っただけ。それでは盗作です。 ここしばらく、自分の創った作品を眺めていると、そんな気がしてきました。この写真を見て、誰が建長寺の木目から、このような作品を創り出すと想像出来るでしょうか。やはり、店先に並ぶ品物が浮かびます。私にとっては大問題です。他人が何と言おうと、自分が創ったのだから、それでいい。そうとばかりは言い切れません。それはどうして。出来上がった作品が未熟だから、そう見えてしまう。やはり、そこへ戻るのでしょうか。
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2009年10月06日

アート・松重輝夫の眼


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ー 歌 を 忘 れ た カ ナ リ ヤ ー

建長寺の木目は私に恵みを与えてくれません。しっかりと手応えを感じながら、張り切って撮ってきた300枚足らずの木目。繰り出せど、繰り出せど空しく消えて、昨夜も遅くまで。建長寺は「天下禅林」若き禅僧を育む修行の道場。なまじっかな精神では通じる訳がない。パソコンの前の椅子に胡坐して、神妙に描く。 その繰り出す手に叱咤の声。 「心眼を開いて深く自分自身を見よ。カーツ」 私はまるで 「歌を忘れたカナリヤ」
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2009年10月05日

アート・松重輝夫の眼


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ー 道 遠 し ー

昨日はいい天気でした。北鎌倉から歩いて15分。建長寺へ行ってきました。創建は750年ばかり前ですが、建物はたびたびの災害で、特に関東大震災では山門も壊れたようです。従って建物の大方が出来て100年足らず。この寺を象徴する外門の額。「天下禅林」 人材を広く天下に求め育成する禅寺。若い修行僧が多く見られました。総門、山門、仏殿、法堂など多くの伽藍の柱、壁、縁側に浮かぶ部材の年輪模様。模様の種類も様々。しっかりと手ごたえを感じて取材。さて、それをどう料理出来るのか、道遠し。
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2009年10月04日

アート・松重輝夫の眼


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ー 東 慶 寺 の 庭 ー

かつては男子禁制の尼寺。先日、鎌倉円覚寺へ行った際、立ち寄りました。梅の古木の中にコスモスが乱れて咲いていました。これほど野趣に満ちたコスモスは初めてです。そういう感じを出そうと撮りました。私のコスモスの印象は公園や畑にきれいに咲きそろっているもの。700年余の歴史の中に咲くコスモス。只ならぬ雰囲気を感じました。あえて、露出過剰にして、別世界を狙ったのですが。 良しとは言えない様です。
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2009年10月03日

アート・松重輝夫の眼


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ー 清 澄 ー

まるで清流の岩影のようです。清らかな水に光が澄み切っています。これがまぎれもなく、鎌倉・円覚寺の山門の柱です。信じられない光景です。でもアートは珍しければいいというものでもありません。被写体に対する豹変がいいとも言えません。作品として、これを見る人に感動を与えることが出来る内容が含まれているかどうかです。ところどころシロトビが生じています。輝きが今一歩、冴えていません。その辺りまだまだ未熟です。そこが私の実力のようです。単に偶然ではなく、必然の感性、技能が要求されます。
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2009年10月02日

アート・松重輝夫の眼


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ー 干 か ら び た 大 河 ー

お寺の柱の年輪模様が、少し色調補正するだけで、こんなにも違った世界が現れます。全く驚きです。単なる線の並びが、実はそれは単純なものではない様です。大地に根を張って何百年。生きてきた一日一日の苦闘のしるし。そこには計り知れない大きな力がみなぎっているようです。この素晴らしい恵みに出くわして、さて、私はどう接したらいいのでしょう。その表現方法に、ワンパターンしか知らない私は力に押し流されそうです。
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2009年10月01日

アート・松重輝夫の眼


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ー 激 流 ー

私の資料箱から撮り貯めてある木目を出してくる。数枚描いてみると、何だか手ごたえがありそう。古い資料ではいけない。即、新しい木目を撮りに行こう。思いつくのは当然、鎌倉。円覚寺、建長寺。29日出かける。2時間。北鎌倉着。静か。人は少ない。店も多くが閉まっている。昼食に少し歩く。そば屋が一軒開いていた。線路を渡って円覚寺の石段を登る。工事中の入り口があって、少し行くと山門。山門の柱。直径50cm程。見れば年輪の模様。一本の柱を一周してシャッターを切る。山門の柱は多分12本。すべてを撮り尽くす。前後左右にめぐらす横梁。建て替えられてか、それほど古いとは思えない。でもそこには相応の歴史がある。風雪がある。堂宇の一つ一つを丁寧に見つめて、感じるもの全てをメモリーに収める。時計は4時。建長寺は次の機会とする。
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