2009年05月31日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 朝 の 光 ー

もう15年にもなります。栃木県・鹿沼市花木センターで買ってきた黄色いクジャクサボテンです。月下美人とそれぞれ一本、苗木を買ってきました。3年くらいしてやっと咲いてくれました。月下美人は少し遅れたように思います。あきらめていた頃につぼみをつけてくれました。月下美人は夜9時頃開いて、朝にはしぼんでいます。部屋に入れるとすごい香りです。その点、このクジャクサボテンは夜開きますが、翌1日咲いています。毎年咲くとは限りません、今年は一輪だけ咲きました。朝日を逆光にして、輝くクジャクサボテンにしようと思いましたが、輝いてはくれませんでした。
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2009年05月30日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 金 権 ー

 「金権」 広辞苑を開くとこう書いてある。金銭上の権威。金銭の威光。金力。金権政治。韓国ノムヒョン前大統領が金権にからんで自らの命を絶たれた。政治とカネを切り離す。国民のその熱い期待にこたえるべく登場したはずだった。そして、数々の実績も残した。にも関わらずである。これが人間の性。生きとし生けるもの、誕生より不要な物は次第に淘汰されてきたはずなのに、何故この欲は淘汰されないのか。おそらくは危険な欲があるからこそ、人生は変化に富んで、楽しくもあり、悲しくもあるのであろう。
 私は年に数回、ジャンボ宝くじに欲の夢をふくらませ、いつも弾けている。

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2009年05月29日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 清 澄 ー

清く澄むこと。そういう風景、気持ち。実際にあるだろうか。思い返して見る。きっとあったはずだけれど、思いつかない。田舎の森や林の中で、ちょっとした山に登って、清らかな谷川を見て 「ああ、空気がうまい」と思ったことはしばしばある。しかし、今日の「清澄」はちょっと違う。澄み切った日の光だ。それはまるで御光のよう。御来光ではない。澄み切ったこころの光。爽やかに静かである。
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2009年05月28日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 遥 か な る 想 い ー

一昨日、囲碁OB会でした。兎に角、私に勝ちたい、という人。全体で勝ち越したい、という人。まあ、ゆっくり楽しめればいいという人。人より一時間早く行って、私に挑戦したいと誘う人。私も精一杯勉強して、負けないようにしたい、と思っているのですが、今月は雑事に追われて、十分な勉強は出来ませんでした。何故か、 「私に勝ちたい」 という人には2戦して2勝でしたが、他の人には全敗しました。もう何年も前から初段を目指して、未だ達成していない人。もう一段強くなりたいと願って、叶わない人。すでに会社を卒業して、ひと区切り付けた人生にも、まだまだ 「遥かな想い」 を抱いて好きなことに挑み続けます。
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2009年05月27日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 叫 び ー

片岡球子展。待ちに待った展覧会。自分の思うまま。自分のやりたい方法で、自分の考える通り、どこまでも描き続ける。70歳後半になって、「面構」「富士山」「裸婦」三つのテーマを同時に描き続け、103歳の生涯を終えるまで、それぞれに数多くの素晴らしい作品を残した実績。中でも私は「富士山」。片岡球子に愛され、咀嚼され、個性的な形の感覚に染められて、その姿を見せる。画家自らの心理、感覚、視点で、心の底から湧き出る様々な思いを叫び続けるように見える。
このエネルギッシュな不老の画家の、最晩年の姿を表した記述がある。 
 「100歳を過ぎ、身体の不自由が絵を描かせなくなったころ、ときおり画家を訪れ、しばしの時間の別れ際、画家は、誰も見たことのない微笑みをこぼした。あれは、子どものように邪気のない笑顔などと違う。仏のような慈愛の笑みとも違う。そういう比喩を付き抜けていた。絵を描く喜びと絵を描く悲しみの向こう側にある、無垢の、そして透明な微笑みに出会ったように思う」

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2009年05月26日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 天 か ら 与 え ら れ し も の ー

ひさびさに東京へ出ました。新宿での写真展。日本橋での片岡球子展。秋葉原でのアルバムなどの購入。
 新宿ニコンサロン。第15回酒田市土門拳文化賞受賞作品展。「gifted-誰かが誰かを思うこと」。姫先由美写真展。25日が最終日。「12年間知的障害者と呼ばれる人たちとふれあう仕事を続けてきて、それらの人達が持つ人間としての優れた面に多くを学ばせてもらってきました。この住みにくい社会の中で、彼らがそこに居るだけで、ゆるやかな空気が流れていることを感じます」と挨拶されていました。A4サイズの約30点。すべてがモノクロで、一人ひとりのポートレート。ありのままの姿。構図だの、色調だの余分なテクニックは皆無。これ以上「純」なものはありますまい。そんな写真。記録。だが、約30枚がまとめて一枚の作品となり、そこに作者の「誰かが誰かを思う心」が静かに、しかし、しっかりと流れていて、見る者を引きつけるものを感じました。これこそが写真。

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2009年05月25日

カメラで描いた北条の羅漢さん

 
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ー こ こ ろ の め ぐ み ー

19日から昨日24日まで、写真グループの展覧会で、毎朝9時から17時まで、来て下さる方々への挨拶、説明などで会場に出ておりました。作品に関するふれあい以上に、長らくご無沙汰している先輩、仲間、そして、忙しい仕事の合間に、時間を見つけて、お出で下さる方達との心のふれあいが有難く、楽しく思いました。
 夜、NHKドラマ・「天地人」 を見ました。頭脳明晰な石田三成の理論と見識。プライド以上に、誰とも心の底から触れ合い、時には、馬鹿にも成れる直江兼続の義と愛。その、こころのめぐみの素晴らしさに、三成のこころが開かれ、ひとつのにぎりめしを二人で分け合って食べる、そのうまさ。兼続の差し出す半分のにぎりめしを口にして 「うまい」 とつぶやき、三成の目に一筋の涙がこぼれるシーンは「私もかくありたい」と深く感銘を受けました。このような想いを 「こころのめぐみ」 と私は題しました。

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2009年05月24日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 我 が 家 の ば ら ー

女房が花屋で買って来て、育てていたばらの鉢植えが、きれいに咲きました。直径15センチもあろう大きな桃色の薔薇です。それを一輪、出石焼の白い花瓶に挿して、絵を描いています。私はその後ろから三脚を立てて、数枚撮らせてもらいました。
 先日、同窓会の帰りの車中、毎日私のブログを見て下さっているMさんが 「花はやはり、自然のままがいいですよ」 と仰って下さいました。 「そうですね、私もそう感じます」。 こう返事しましたが、それはここ数回、花を掲載したときの私の実感でした。しかし、今日もまた、手を加えた「我が家のばら」です。自分が見て納得出来るもの。これが第一です。撮ったままで納得出来れば、余分な手は加えないのですが、納得できなければ、納得出来るまで手を加えざるを得ない。それが私の心情です。

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2009年05月23日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 郷 土 料 理 の 店 ー

同窓生一同十数名、古い町並みを歩いていると、咲き残る藤の花で玄関を飾る、黒っぽい板壁の料理屋に出くわす。高山ならではの雰囲気がある。丁度昼時。ここでの昼食と決める。黒光りのする板の間。薄っぺらな座布団を敷いての座敷。電灯は薄暗く、五月人形が飾られている。幅方向は数枚つないであるとはいえ、厚さ15センチもあろう一枚板の食卓。その名も久田屋。100年以上の歴史を持つ元は旅籠の郷土料理の店。朴葉味噌、茸、筍、山菜など郷土の食材を使った四季折々の味覚を堪能出来るというのがこの店の特色。地元の「どぶろく」もあって、その風味は格別であったとも耳にする。
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2009年05月22日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 元 祖 ・ 鬼 こ ろ し ー

創業1720年、飛騨高山・老田酒造店といえば、「老杉」「飛騨自慢」。これらの酒は飛騨の寒さから生まれ、飛騨の寒さに鍛えられただけあって、その辛さは鬼をも殺すと云われた。そこで生まれたのが「鬼ころし」。世に「鬼ころし」は多いいけれど、老田の鬼ころしが元祖。その老田酒造店の店先に高さ1メートル足らずの酒樽がある。その上に酒瓶が並べられ、「この大きな瓶は一升瓶で何本分あるのでしょう」と張り紙がされていた。5本分?。10本分?。酒樽には昭和10年12月16日と墨痕鮮やかにして読める。 私とほぼ同じ年。70年の歳月を経たその姿、自分と照らし合わせてみる。
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2009年05月21日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー か ら く り ー

からくり人形が店頭でお客に挨拶している。そば、らーめんなど、麺類の食事処らしい。地ビールありますと張り紙もある。私はこのからくり人形が、店頭で迎えてくれる趣向が高山らしく思え、シャッターを切った。「このからくりは水の力で動きます。少ない時は動きません」とある。水は何処から来て、どう循環しているのか。その仕掛けも見ないまま次へ急ぐ。多分、店の前を流れる幅30センチばかりの小川を利用しているのであろう。
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2009年05月20日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 肖 像 画 家 の 店 ー

高山の古い町並みには珍しい店が沢山あります。藤棚で入口が覆われた風情ある黒塀の食事処。散り始めてはいましたが、まだ藤の花が咲いていました。からくり人形が頭を上下しながら出迎えてくれる地ビールの店。鎖鎌、甲冑の飾られた飛騨民俗考古館。そして、肖像画家の店。真っ白いあご髭を豊かに輝かせ、羽織袴姿の肖像画が掲げてあります。明治の元勲という言葉がふと浮かびました。店に入ってはみませんでしたが、その画家はやはり、気難しい人だろうか、と想像しました。
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2009年05月19日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 高 山 ・ 陣 屋 前 朝 市 ー

18日。昨日と打って変わって快晴。下呂から高山まで特急電車で40分。高山といえば高山祭。中でも春の山王祭。絢爛豪華な12台の屋台が赤い欄干の中橋に揃い、満開の桜が華を添える風景は見る者を堪能させる。高山は飛騨国3万3千石、国主金森長近によって築くかれ、金森氏6代、1586年から107年間続いた城下町。古い町並みが多く残っており、伝統的建造物があちこちに見られる。今の県庁に、警察、税務署、裁判所その他役所を一式含んだ陣屋がある。その前に朝市が出ていた。
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2009年05月18日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 下 呂 温 泉 合 掌 村 ー

今、下呂温泉から帰って来ました。17日は小雨になることもなく、終日降り続いてくれました。同窓生14名元気に下呂温泉駅に集合。午後二時。すぐ下呂温泉合掌村へ行く予定でしたが、この雨に予定変更。一同ホテルへ直行。ゆっくり湯に浸かって、寛ぐことに相成りました。しかし、私は合掌村への思い止まず、夕食までの3時間を利用して、 I さんと二人出かけることにしました。白川郷などから移築した10棟の合掌造りの民家を配し、民俗資料館などもあって、往時の生活を知る貴重な博物館になっています。
 雨に濡れた合掌造りの屋根は黒雲の下、三角形のシルエットを描いていました。

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2009年05月17日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 牛 島 の 藤 ー

牛島の藤は自転車で約40分。今までに4、5回行った事がある。樹齢1200年。国の特別天然記念物。元真言宗連花院の境内にあったものが、明治7年廃寺になり、今は(有)藤花園、個人所有になっている。開花の時期(今年は4月18日〜5月10)のみ一般公開している。入園料1000円。花房は2mにもなると云われているが、私は1m程度しか見たことがない。根回り10平方m(3.3m四方)。藤棚の面積700平方m(25m四方)。これが3ヵ所あると案内書には書いてあるけれど、私の記憶では2か所しかない。二つが並んでいて一か所に見えたのであろう。
今日、明日と高校の同窓会で岐阜県下呂温泉へ行きます。そのため、明日の投稿は夜10時過ぎになります。
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2009年05月16日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 思 案 ー

昨日、私にとって、ありがたいテレビを見ました。戦後の日本ファッショ界に刺激的なスタイル画で、一世を風靡したイラストイレーターの草分け、長沢節の話です。長沢節はもう10年近く前に亡くなられたのですが、その想い出の映像です。「絵はその人の才能が第一です。どんどん描いていると、突然素晴らしい作品が出来ます。まぐれです。そのまぐれが才能です。下手でも何でも描き続けておれば、たとえば100枚に1枚のまぐれが出ます。それが100枚に2枚になり、100枚に3枚になり、4枚になります。このまぐれが本物なのです」 さて、私の場合、何枚描けばこのまぐれが出るのでしょう。才能が無ければ、永久に出ないかも。でも、毎日描き続けます。
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2009年05月15日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 黄 金 の 日 々 ー

上野の森美術館大賞展を見て、こだわり過ぎてはいけない。いいカッコしようとしてはいけない。ありのままがいい。そう反省して以来、作品創りが大変楽になりました。無理をしなくていいからです。良くても悪くても「それが自分自身、ありのままの姿」だと感じた時、気持ちが素直になれます。反面、粗製乱造。いい加減な作品が出来そうな気がします。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる式です。フイルムを惜しんではいけない。これはプロ写真家の常識です。何をしても、その場その場で、悩みは尽きません。
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2009年05月14日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 無 題 ー

ある写真展の目録の裏に次ぎのような事が書いてありました。
ー 良 い 写 真 と は ー
物語を感じる写真。   深みを感じる写真。
広がりがある写真。   新たな発見のある写真。
気配を感じる写真。   厚みを感じる写真。
そして最後に、 説明の出来ない写真。
             (ニコン塾より)
私はこの「説明出来ない写真」が良いという意味が解りませんでした。見る人はともかく、撮った本人でさえ、説明出来ない写真が本当に良い写真と言えるのでしょうか。
いろいろ、他人に聞いてみると、「写真は思いがけない時、突然、自分自身訳が分からないまま、良い写真が撮れる時がある。こういうのを説明が出来ない写真と云うのではないか」。 説明できない写真がすべて良いというのではない。素晴らしい写真は時として、説明出来ない場合もある。という意味のようです。
今日の「無題」は何かある、しかし説明出来ません。各自いろいろ考えてみて下さい。

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2009年05月13日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 誕 生 ー

一生懸命描いて、そこに出来上がったもの。 ありのまま。 余分な小細工をしない。
でも、納得出来なかったらどうする。無理にではなく、自然に浮かんでくるまま描き続ける。描き続けて、納得しないまま時間切れになったらどうする。それが自分のありのままの姿。本当の姿。なにも無理にいいカッコしなくてもいいではないか。やはり、無理は醜い。ありのままが美しい。今日も時間制限いっぱいのありのまま。「誕生」

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2009年05月12日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 日 々 是 好 日 ー

ある絵の先生に招待券を頂いていたので、昨日東京都上野美術館へ出かける。上野公園の入口まで来ると、看板が目に入る。「上野の森美術館大賞展」日本画、洋画を問わず、新しい感覚で日本美術の明日を担う作家を育成するのがねらいの美術展。うろ覚えながら、私はそう記憶していた。4月28日〜5月11日まで。「今日まで」と思うと急に見たくなった。東京都上野美術館は入館4時まで。まだ1時間ある。私は上野の森美術館へ向かった。入場料600円也。入るなり「何か違う」と感じる。題名を見る。題名を頭で繰り返しながら、絵を見る。何故か私の羅漢さんと重なって見えてくる。絵は作者の無意識の叫び。意識して描いたものではない。構成、明暗、色調など私の弄するテクニックが如何に軽々しく虚しいものか。何も要らない。ありのままでよい。汚れた全身を洗い拭われた思い。作品一式の図録を買って、東京都上野美術館へ向かう。
 夜10時も過ぎてから昨日途中の羅漢さんを出してくる。もう出来上がっているような気がする。それでもまた描き始める。気が付くとすでに日付が変わって今朝1時過ぎ。それでも、そこにある羅漢さんは「日々是好日」という題名になじんではいなかった。

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2009年05月11日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 確 か な 歩 み ー

私のカメラと共に歩んだ副産物として、和紙に描いた羅漢さんの絵が沢山あります。
その中から、金紙、銀紙に描いたものをバックに使おうと、一昨日撮影しました。それ自体は味があって結構楽しめそうです。ところが、作品にすると、金の金らしい輝きがうまく出ません。いろいろな金箔を何枚も重ねて、その特徴を生かそうとしましたが、金箔の「味」になるまでには程遠いようです。

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2009年05月10日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー う た げ ー

先日、「一週間に一枚ぐらいは理解しやすい、美しい写真を載せて下さい」 というご要望がありました。私は有難いご意見だと思いました。そこで、毎週日曜日は 「花」 を扱った、親しみやすい作品を掲載することに決めました。 花といっても私なりに作品化します。 極力美しさを主体に置きますが、必ずしも理解しやすいかどうか。
休日の一日を、少しでも疲れを癒す手助けになればと思います。

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2009年05月09日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 岐 路 ー

岐路に立って迷うのは昔の話。最近の私の方針ははっきりしている。ただ、作画上迷うことがよくあるけれど、それはどちらでも。場合によっては両方試みることも出来る。ダメならやりかえる事も出来る。兎に角自由自在だから、そんな迷いは迷いでもなく、岐路とは言えない。とすると、この絵は何か。自分自身ではないのか。いや、何年も前の自分であろう。
 金模様を扱った作品にしばらく集中してみようと思っている。でもまだ、漠然とした構想のみ。

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2009年05月08日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 赤 い 月 ー

昨日は白い太陽。今朝は赤い月。どちらも国画会・絵画の影響大。根拠は単純。
登ったばかりの満月が真赤なのを見たことはある。でも、赤い空に出ている月は見たことはない。見たことは無くとも絵は出来る。赤い空に出る月。それはどんなのだろう。私の心の一部なのであろう。

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2009年05月07日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 白 い 太 陽 ー

国画会の絵画部門は本当に好き放題描いています。よくここまでと、驚きを越えて呆れます。あまり美しいとは言えませんが、若さとエネルギィーに溢れています。そんなのを見ていると、私もこんなのが描きたいと刺激を受けます。5日国画会展を見に行ったため、その影響があったのでしょう。今日は「白い太陽」が出来ました。白い太陽。どんな時に白い太陽が出るのでしょう。朝もやの時、一度だけ白い太陽だと思ったことがあります。でも今日の白い太陽は自然とは無関係です。地球環境を含めた世相の不安感です。世界中で起こっている環境破壊など、テレビ特集を見ていると、地球滅亡が迫っているような思いにかられます。
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2009年05月06日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 穏 や か な 日 々 ー

兎に角創っておかなくては、雑用の間をぬって手掛けたそれは、案外手間を取らずに出来上がった。 「穏やかな日々」 そんな雰囲気があったので、表情に少し手を加えただけ。お陰で、午後からは安心して出掛けることが出来た。国立新美術館。国画会。先輩、仲間達が5、6人。作画の苦心談など熱心な話を聞かせて頂き、有意義なひと時。特に新会員になられたKさんも居られて、歓びを分かち合った次第。5年前、第一回 「カメラで描いた北条の羅漢さん」 展の飾り付けを手伝って下さったKさんでした。
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2009年05月05日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 道 ー

遂にブログの作品が切れた。昼間は雑用に追われ、夕方から買い物などあって出かけた。作品に取り掛かったのは夜も9時。筑波の牡丹。昨日いいと思った夢幻世界は色褪せてつまらない。改めて創り始めたが、作品にはならない。そのうち睡魔に襲われて寝てしまった。今朝眼が覚めたのは6時前。あてもなくパソコンを開くと「我が道」の元図が目につく。それを取り出して1時間足らず。作品らしくなった。
今日も明日も雑用がぎっしりつまっている。作品の構想は全く浮かばない。

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2009年05月04日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 天 上 の 華 ー

昨日も小用で出かけていた。ブログのストックがゼロ。夜になってから筑波の牡丹を出してきて、あてもなく描き始める。することが同じなれば出来るのも同じ。昨日の朝日に対して夕日の感じ。それもいいかげん。「作品には成らないかもしれない」そんな思いが頭をよぎる。それでも思い付くまま気の向くまま、次々手段を繰り出していく。出しては引っ込め、ひっこめてはまた繰り出す。そんなことを繰り返しているうちに、昨日とは違った雰囲気が現れてくる。主役の牡丹二つの濃度を落としていくと、何と、夢幻世界にぼんやり華が浮かぶ。いくらなんでも、これでは儚過ぎる。夢から現に覚めて赤、青、黄、それぞれの色の濃さを変えていくと、まさに、変幻自在。移り行く世界はそれぞれに趣があって、どれがいいのか分からなくなってしまった。どうやら、平凡がいいらしい。
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2009年05月03日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 朝 日 を あ び て ー

女房がカメラを買って以来、二人で、よく花を撮りに行っていました。もう7、8年前の事です。その頃茨城県つくば市にある、つくば牡丹園へたびたび行ったものです。ふと思い付いて電話してみると、「満開は過ぎて、散り始めています」という返事。別件予定していたのを急遽変更して、5月1日出かけました。4年前に出来た「つくばエクスプレス」に初乗車。座席が広く、窓もひろい。揺れが少なく静かに発車する乗りごこちは新幹線並み。幸いよく空いていて、ちょっとした旅行気分。牡丹園は以前に比べると敷地が広くなっていて牡丹の数も倍増。大きな立派な牡丹もあって大満足。CFカードも2G2枚、0.5G1枚。すべてRAWで撮り切って約250枚。まだ足りないほど。いい天気でした。
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2009年05月02日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 木 漏 れ 日 ー

もう10年も前、私は毎週土、日は川越の喜多院へ羅漢さんを撮りに行っていました。 そして、毎月日本カメラに投稿していました。その時の選者が言っていました。 「石仏は光と影で決まる」 全くその通りだと思います。特に木漏れ日。木の葉が風に揺れると光がきらきら動きます。それが石仏に当たると表情が変わります。同じ石仏が笑ったり、怒ったり、時には泣いたりします。そして、太陽の動きに従って光の当たる位置が変わります。ひとつの石仏が光の変化で、いろんな表情を見せてくれます。まさに、生きている感じです。でも、雨の日の羅漢さんもいいものです。大粒の涙をこぼしてくれます。
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2009年05月01日

カメラで描いた北条の羅漢さん


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ー 藪 の 中 ー

私は何故、藪の中に羅漢さんを置いたのであろうか。藪と言えば、林とか森とは違った何かがある。それは竹の持つつややかな輝きであろう。この輝きが美しくもあり、時には限りなく不気味になる。それはその場に立つ状況、朝、昼、夜。その場に居る人の感情、嬉しい時、楽しい時、悲しい時、寂しい時。 「作品は先ず題名があって、それに対する構想をしっかり創り、画面全体がゆるぎないものでないといけない」 と或る先生はおっしゃる。 舞台、映画、小説。作者の心構えは全て共通であろう。 だが、私はそれが出来ない。 唯ひたすら、思い付くまま集中して描くのみ。そこに出来上がるものこそが、それが私の真実の作品だと思っている。出来上がった作品に対して、すべては見る人の側にある。
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